読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Some Days You Get the Bear

IT系エンジニアの、日々の気づきや考えたこと。

「下っ端根性」から「リーダーシップ/オーナーシップ」のマインドへ

『アジャイルサムライ』の中に「誰もがこの働き方を気に入るわけじゃない」というのがあるが、
「この働き方」のことを、単に「スクラムのやり方」とか「多能工」のこととか、その程度に思っていた...。

アジャイルチームの核となるマインドは

「タスクはチームのもの」

という考え方だと思う。

そして、そこのところこそが「気に入るわけじゃない」ところなのではないか、と思い始めている。

プロジェクトを任されたり、若手をつけてもらってたりしてるうちに
ひとに仕事を任せたり、ひとの仕事の面倒を見たりして、
どんな作業があるだとか、ひとへの仕事の割り振り方だとか、みんなでやりくりしようだとか、
そういう観点が自然に芽生え、気付くものなのだろう、
と、そのくらいに私は思っていた。
プロジェクトを任されたり、若手をつけてもらってたりしてる人は
実際そういうことを経験しているのだろう、と思っていた。

また、アジャイルチームの中では、
私はこれを、あなたはこれを、誰があいてる?、これ誰がやる?誰が得意?
なんてのは、日常なのだろうと思っている。
こういう状態を「アジャイルなんだ」と思っている。
こういう観点は、誰かの面倒を見たりしたことのある人なら、多少なりとも誰でも持ってるもんだ
と思っていた。
だから、ある程度の経験者と一緒なら、別にアジャイルな開発スタイルでなくても
もっと普通にもっと簡単に、仕事を分担しながら進めていけるもんだと思っていた。

しかし、そうでもなさそうだ。
いったい何が違ってこうなるのだろう...?

アジャイルを、スクラムを、何も特別のことではないのだよ、と言いたかったのだけれど、
案外そうでもないのかも...。

最後は自分がなんとかするという覚悟とともに、
その覚悟を持った上で「お願い」って言えるのがリーダーだ。
だからリーダーはメンバーのことを大事に思う。自分のことを助けてくれる大事なひとたちだと思う。
そう思っている人と思ってない人の違いなのかな...?
アジャイルは、そんなリーダーの孤独を、みんなが助けてくれるという安心感に変えるしくみだ。

だから私はひとと一緒にやりたいと思う。ひとと一緒が好きだ。何より楽しい。

だから「誰もが気に入るわけじゃない」といってそれで済ませてしまうのは、とても残念なことだと思う。